はじめに
令和6年の家族法改正では、前回のコラムでご紹介した「法定養育費制度」と並び、もうひとつ大きな改正が行われました。それが、養育費を含む「子の監護の費用」に係る債権に対し、先取特権制度(一般先取特権)が新たに認められたことです。
これは、養育費の支払が滞った場合の回収の場面を大きく変える、実務上きわめてインパクトの大きい改正です。本コラムでは、その意義と仕組みを平易にご説明します。
1. 何が画期的なのか ― 債務名義なしで強制執行が可能に
従来、養育費の強制執行(差押え)を行うには、確定判決・調停調書・公正証書といった「債務名義」を事前に取得しておく必要がありました。
しかし、債務名義の作成には費用も手間もかかります。そのため、口約束や私的な合意だけで離婚に至ってしまうケースが多く、いざ未払が起きたときに「証拠がない」「公正証書を作っていなかった」として、回収を諦めてしまう方が少なくありませんでした。
今回新設された養育費の先取特権制度のもとでは、こうした債務名義がなくとも、父母間の合意文書や法定養育費の発生事実を証明する資料があれば、ただちに担保権の実行として差押えを申し立てることができるようになります。これは、養育費の実効性を確保するうえで、画期的な一歩といえます。
2. 先取特権の対象となる債権の範囲
新たに先取特権が付与されるのは、「子の監護の費用」を原因として生じた債権です。具体的には、次の4種類の「確定期限の定めのある定期金債権」が対象となります。
- 夫婦間の協力扶助義務に基づく婚姻費用
- 夫婦間の婚姻費用分担義務
- 離婚後の子の監護費用分担義務(いわゆる形成養育費=合意や審判で定められた養育費)
- 法定養育費の支払義務
ただし、先取特権制度が優先的にカバーするのは、各期の定期金のうち「子の監護に要する費用として相当な額」に限定されます。この「相当な額」は法務省令で定められ、子1人につき月額8万円が上限とされました。
これを超える額の合意がある場合、超える部分については従来どおり債務名義(公正証書等)を取得しなければ強制執行はできません。「とりあえず月8万円までは身軽に動ける」というイメージを持っていただくとよいでしょう。
3. 差押えの際に必要な「担保権の存在を証する文書」
債務名義なしで差押えを申し立てる場合、裁判所には「担保権の存在を証する文書」を提出する必要があります。これは、ケースごとに次のように整理できます。
(1) 形成養育費(合意による養育費)の場合 父母間で作成された合意書面が基本となります。実印や印鑑証明書がなくとも、署名や指印があれば足ります。場合によっては、手紙や電子メール、LINEなどSNS上のやり取りであっても、合意の事実を示す文書として認められる可能性があります。
(2) 法定養育費の場合 合意文書は不要です。発生原因事実(離婚の事実、未成年の子の存在、現実に監護している実態)を示すために、戸籍謄本や住民票の写しなどが用いられます。
4. 法的優先順位と「情報取得」への波及効果
先取特権は、他の一般債権者よりも優先して弁済を受けることができる権利です。
たとえば、相手方に複数の債権者がいて、すでに別の債権者が差押えを開始していたとしても、養育費債権者はその手続に参加し、優先的に回収を図ることができます。
加えて、この先取特権制度に基づき、財産開示手続や第三者からの情報取得手続(勤務先・預貯金口座・不動産情報の照会)も利用可能となりました。これにより、相手の財産がどこにあるか分からない場合でも、裁判所の手続を通じて情報を把握し、回収につなげる道が開かれます。
おわりに
養育費の先取特権制度は、これまで「取決めはあったが回収できない」「相手の財産が分からず諦めた」という多くの方の声に応えるための仕組みです。
もっとも、実際に差押えを行うには、合意書面の整え方や証拠の準備、手続書類の作成など、専門的な判断を要する場面も少なくありません。
養育費の未払・回収にお悩みの方、また離婚にあたり養育費の取決め方法について不安をお持ちの方は、広瀬通あかつき法律事務所までお気軽にご相談ください。
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